ナキウサギ

大雪山の高山帯を歩くと、時折指笛のような甲高い声を聞くことがある。ナキウサギの鳴き声だ。ユーラシア大陸北部に分布するキタナキウサギの1亜種で我が国では北海道に生息している。192810月に北見管内の野付牛営林区で捕獲されたのが日本での最初の発見と言われる。

ナキウサギはその大きさが体長1116cm、体重は100160gほどしかない。また尻尾は1cm、耳の長さも15mmほどなので、一見するとハムスターに似ている。しかしナキウサギはれっきとしたウサギの仲間だ。その証拠にナキウサギの上顎には「くさび状門歯」がある。

ナキウサギの前肢の指の数は5本、後肢の指の数は4本だが、前肢を使って物を掴むことができない。このため、採食や貯食行動はすべて口だけを使って行われる。これはウサギの仲間に共通する特徴で、リスやネズミなどの齧歯類の多くが両手で食べ物を掴めることとは対照的だ。

ウサギの仲間(ウサギ目)はウサギ科とナキウサギ科の2科に大別される。ウサギ科はノウサギやアナウサギの仲間で構成され、ほとんどが猫ほどの大きさだ。一方、ナキウサギ科はナキウサギ属の一属だけで、体の大きさもウサギ科に比べると格段に小さい。またウサギ科が南北両半球に分布するのに対し、ナキウサギ科の分布は北半球に限られる。

ナキウサギの仲間は19種ほどが知られ、我が国には北海道にエゾナキウサギが生息している。北海道のナキウサギはシベリア、北朝鮮、サハリンなどにすむキタナキウサギの一亜種で、正式にはエゾナキウサギと呼ばれる。道内での分布は比較的狭く、大雪山、日高山脈、天塩山地、夕張岳、芦別岳、北見・置戸地方、然別湖付近などの北海道中軸部に限られている。

私がよく訪れる大雪山では岩場に生息しており、トムラウシ山や黒岳の山頂付近はナキウサギがよく見られる場所として知られている。

大雪山のナキウサギ

                      
                   © 昆野安彦 山の博物記