ウスバキチョウ

ウスバキチョウと言えば大雪山の生き物の代名詞的存在だ。丸みを帯びた半透明の羽根をもつ本種は意外なことにアゲハチョウ科の蝶だが、その証拠に幼虫は驚くと頭部から黄色い肉塊(他の生き物が嫌がる匂いが出る)を出す。この性質はアゲハチョウ科だけの幼虫に見られる独特のものだ。

幼虫は高山植物の女王・コマクサだけを食べて育つ。6~7月に羽化したウスバキチョウのオスとメスはただちに交尾し、メスはコマクサの株近くの岩や砂礫に直径1ミリほどの白い卵を産み付ける。卵はそのまま冬を越し、翌年の5月頃孵化する。

孵化幼虫はコマクサの葉や花を食べて育ち、孵化から2ヶ月後の7~8月にクロマメノキやガンコウランの枝に繭を作り、その中で蛹になる。蛹はそのまま冬を越し、翌年の6~7月にようやく蝶になる。つまり卵から成虫になるまで約2年を要するわけだ。

年間を通して寒冷な高山帯で一生を過ごすウスバキチョウには、平地の蝶には見られない高山蝶特有の生態を有する。たとえば飛翔行動は晴天時に限られ、お花畑やハイマツの上を飛んでいた個体が、太陽が雲に隠れるやいなや、ただちに地表に落下する様子が観察される。高山帯では太陽が隠れると急速に気温が低下するが、この太陽に敏感な性質により、エネルギーの消耗が多い低温時の活動を未然に防いでいる。

太陽に敏感な性質は幼虫にも備わっている。幼虫はケシ科のコマクサを食べるが、曇天時や雨天時に幼虫を探してもなかなか見つからない。幼虫の摂食行動が晴天時に多く、天気が悪い時は食草の草陰に隠れているからだ。

成虫の出現時期に言及すると、寒さの厳しい高山帯にもかかわらず、6月上旬から飛び始める。6月の大雪山は朝晩は氷点下まで冷え込むが、日中は暖かい日も多い。成虫の吸蜜源となるミネズオウやイワウメも6月上旬から咲き出し、寒さに強い高山蝶なら6月は十分活動可能だ。また別な見方をすると、夏至(6月21日)という1年で最も太陽が出ている時間の長い季節に羽化時期を合わせているわけで、これはこれで合理的な生態といえる。

ウスバキチョウは大雪山特産種だが、大雪山では表大雪と十勝連峰が分布の中心で、東大雪と北大雪ではその個体数は少ない。本種はロシア、北朝鮮、中国などの極東地域と、アラスカ、カナダの北米北部にも産するが、国外の個体群は地域によって斑紋や形が微妙に異なる。

私はアラスカでも本種を観察しているが、ハイマツの分布しないアラスカではヤナギの小低木の上を飛ぶ個体が多く、ハイマツの上を飛ぶのを見慣れている目にはかなり違った印象を受けた。まさに所変われば品変わるである。

                          © 昆野安彦 山の博物記