河童橋に立つと屏風のように立ちはだかる穂高の山並みが目に入る。鮮烈な光景なので誰でもカメラを構えたくなる場所だが、この類まれな景観の創出に氷河が一役買っていることを知る人はあまり多くないかもしれない。
河童橋から見た景観について解説すると、正面のもっとも高く見える山(ジャンダルム)の少し右奥が北アルプス最高峰の奥穂高岳(3,190m)で、写真左端付近に西穂高岳(2,909m)、右端付近に前穂高岳(3,090m)の3千m級の山が立ち並ぶ。画面中央の手前側に傾斜する草地は岳沢で、ゴロゴロした大きな岩の斜面に僅かな植物が緑を形成している。この景観はじつは最終氷期(およそ7万年前~1万年前)に発達した氷河が下方に移動する過程で穂高の岩壁や谷底を削って作り出した氷河地形の圏谷(カール)である。
氷河による地形としては圏谷のほかに、氷食による岩壁(圏谷壁)、アレート(鋸歯状山稜)、氷蝕尖峰(槍ヶ岳が良い例)、氷食谷、モレーン、岩塊流、麓屑面などがあるが、岳沢圏谷を取り巻く岩壁とアレートは氷食によるもの、谷底は氷食谷、岳沢下方は麓屑面に相当するだろう。
以上が河童橋から見る景観と氷河との関係である。最終氷期に氷河が眼前に存在した光景をもし想像できれば、きっと上高地の新たな側面と地質学的貴重性を理解することができるだろう。
河童橋から望む穂高の山々と梓川の美しい流れ |
© 昆野安彦 山の博物記