上高地の成り立ち

上高地のバスターミナルを降りて河童橋に向かうと、広々とした梓川の流れと城壁のような穂高の山並みが現れ、誰でもその雄大な山岳景観にしばし心を奪われるだろう。そして山の成り立ちに少しでも関心のある方なら、なぜこんな山の中にこれほどの山岳景観が存在するのか、不思議に思うはずだ。

上高地の成り立ちを説明する前に、まず「上高地とは何か」を説明しよう。上高地とは大正池から横尾までの梓川に沿った平坦な地形の総称で、その広がりは長さ約10km、最大幅約1kmにも及ぶ。梓川の周囲にはケショウヤナギやカラマツ、ハルニレ、ウラジロモミなどを主体とする「上高地の森」が広がり、その林床にはさまざまな野草が季節を追って花を咲かせる。また、この森には野鳥や野生動物、昆虫なども数多く生息し、その中には上高地が分布の中心の種も多い。河童橋から少し歩くだけでこの大自然を満喫できるので、登山者のみならず観光地としても国内屈指の人気スポット、それが上高地である。

上高地の成り立ちについては2008年から行われた信州大学のボーリング調査によって明らかにされている。それによると上高地はもともとはV字状の谷で梓川も岐阜県側に流れていたが、約1万2千年前に起きた焼岳火山群の噴火によって梓川が堰き止められ、現在の上高地の場所に大きな湖が誕生した。その後、この湖に周囲から土砂が流れ込み、徐々に谷底が平坦化したのである。そして約5千年前、地震によって湖が決壊すると、梓川はそれまでの流路を新島々、松本方面に変えるとともに、谷底に堆積した平坦な地形が「上高地」として地上に姿を現したのである。

以上が上高地の成り立ちの概略だが、その成立過程には焼岳火山群が大きな役割を果たしていたことが分かる。河童橋に立つと、ついつい岳沢方面に目が行きがちだが、振り返れば目に入る焼岳の雄姿にも目を向けていただければと思う。

上高地の成り立ち
岳沢から見る河童橋方面の眺め。かつては河童橋周辺は湖の底だった

参考文献:登山者のための北アルプス自然読本(ワンダーフォーゲル2021年2月号)

                                                                                        
 © 昆野安彦 山の博物記