大雪山の植物の垂直分布

山では標高が高くなるほど気温が低くなる傾向があるので、山の植生は標高が上がることによって変化する。このような標高による植物相の変化のことを「植物の垂直分布」と呼ぶが、ここでは麓からロープウェイとリフトを利用できる黒岳を例に大雪山の植物の垂直分布を紹介する。

北海道有数の温泉街である層雲峡(標高600m、黒岳1合目)から黒岳5合目(標高950m)へは黒岳ロープウェイを利用できるが、窓越しからは大雪山麓の森林植生のダイナミックな変化を観察することができる。層雲峡ではエゾマツやトドマツなどの針葉樹とシナノキ、シラカンバ、オガラバナ、カツラ、ナナカマドなどの広葉樹が混じりあう針広混交林が広がるが、ロープウエイが高度を上げると徐々に針葉樹の割合が増え、5合目の駅舎の周囲にはエゾマツ、トドマツ、エゾアカマツが優占する針葉樹林が広がる。

5合目から7合目までは黒岳リフトを使う。冬場はスキーリフトにもなるこのリフトはゆっくり移動するため、周囲の森林植生をじっくり観察できる。しばらくは針葉樹林が続くが、終点の駅舎が近づくとダケカンバが多くなり、ダケカンバと前述の針葉樹が混交した森となる。リフトを降りて登山を開始すると、徐々にダケカンバが優占するようになるが、このダケカンバも9合目(標高1800m)を過ぎると少なくなり、山頂(標高1984m)に続く登山道沿いにはチシマアザミなどの高茎草本の群落が広がるようになる。

黒岳の山頂に立つと高茎草本群落は姿を消し、代わりに地面を這うように生える風衝地に適応した高山植物の世界となる。ハイマツ、ミネズオウ、イワウメなどである。高茎草本からこの風衝地植生への劇的な変化の理由のひとつは季節風(西風)である。層雲峡側の斜面は季節風(西風)の風下側で、背の高い草本でも生育可能だが、山頂では季節風がまともに植物にあたるため、高茎草本は山頂の環境には適応できず、代わりに背の低い風衝地植生が広がるのである。

この黒岳の植物の垂直分布は大雪山全域でほぼ当てはまるだろう。もし黒岳以外の山から入山された場合は、この点を確かめていただければと思う。

大雪山の植物の垂直分布
黒岳6合目付近の針葉樹林帯

                                                                                    © 昆野安彦 山の博物記