ダイセツタカネヒカゲ

1926年7月、大雪山の高山蝶3種(ウスバキチョウ、ダイセツタカネヒカゲ、アサヒヒョウモン)がまとめて発見され、それぞれの和名が命名された。ウスバキチョウは薄い翅の黄色い蝶、アサヒヒョウモンは大雪山の主峰旭岳に産する豹の紋様の蝶、そしてダイセツタカネヒカゲは大雪山の高嶺に産するヒカゲチョウの意味で、すでに北アルプスで発見されていたタカネヒカゲと区別するために「ダイセツ」をタカネヒカゲの前に冠した。

本種はウスバキチョウ同様、卵から成虫になるまで2年を要するが、こちらは2度の越冬を幼虫で行う。夏に母蝶から産み付けられた卵はほどなくして孵化し、孵化後の幼虫は1回または2回脱皮し、最初の冬を2~3齢の若齢幼虫で越す。翌年5月頃冬から目覚めた若齢幼虫は夏の間成長を続け、2度目の冬を最後の幼虫段階である5齢幼虫で越す。そして翌年5月頃冬から目覚めた5齢幼虫はほどなくして蛹になり、6月中旬頃から蝶に羽化する。

幼虫の食草はカヤツリグサ科のダイセツイワスゲとミヤマクロスゲで、夏から秋にかけて食草を注意深く見てまわると、摂食中や株元に隠れている幼虫を見いだすことができる。幼虫が越冬する時は、地衣植物のハナゴケの中に隠れることが多いが、岩の下を使う時もある。

成虫は岩の色によく似た地味な配色で、少しでも目を離すと、どこにいるのか分からなくなってしまう。晴れた日に地面や岩にとまる個体は体を横倒しにしていることが多い。この姿勢は風を除けているという説もあるが、無風の場合でもその姿勢をとることから、単に日光浴の効率をよくするためと考えられる。

大雪山では、表大雪、東大雪に分布するが、十勝連峰には記録がない。十勝連峰にはウスバキチョウとアサヒヒョウモンはいるので、なぜ本種だけいないのか、生物地理学上の興味深い問題である。

また、ウスバキチョウとアサヒヒョウモンは大雪山にしかいないが、ダイセツタカネヒカゲだけは日高山脈にも分布している。この点も生物地理学上の興味深い問題である。日高山脈の本種は1967年に発見されたが、大雪山の個体群とは斑紋に若干の差があり、二つの個体群が分かれた時からの時間の長さを感じさせる






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