アサヒヒョウモン

北極を取り囲むように分布する生物を環周極種と呼ぶ。具体的には、アラスカ、グリーンランド、ラップランド、シベリアなどに広く見られる種のことで、高山植物ではチョウノスケソウが環周極種だ。アサヒヒョウモンも環周極種で、今述べた地域全てに分布する。大雪山は本種の分布の中心からはずれた「飛び地」にあたるが、環周極種が見られること自体、大雪山がいかに北極圏の気候と等しいか、よく分かるだろう。

大雪山で同所的に生息するウスバキチョウとダイセツタカネヒカゲが卵から成虫になるまで約2年を要するのに対し、本種は1年で足りる。夏に母蝶によって産み付けられた卵はほどなくして孵化し、孵化後の幼虫は2または3齢の幼虫態で越冬を行う。翌年5月頃冬から目覚めた幼虫は5齢幼虫になるまで生長を続け、6月初旬頃に蛹化すると、10日ほど後に羽化にいたる。

若齢幼虫で越冬するため、雪解けの遅い場所では蛹化が遅れ、8月になっても新鮮な成虫が見られることがある。成虫はあまり花を訪れないが、ウラシマツツジ、コケモモ、ミネズオウ、クロマメノキなどでの吸蜜が観察されている。

幼虫の食草はキバナシャクナゲである。幼虫の越冬場所は未解明だが、恐らくキバナシャクナゲの株元で行われる。蛹化場所はキバナシャクナゲの葉裏で、やや巻き気味の葉はまるで雨傘のようだ。このように、本種の生態は全ステージをキバナシャクナゲに依存している。

大雪山ではキバナシャクナゲはどこにでもあるので、大雪山の高山蝶3種の中では最も個体数が多い。黒岳石室や小泉岳付近のキバナシャクナゲ群落には特に多く、最盛期には多数の個体が飛び交うのが観察される。

大雪山では表大雪、十勝連峰、東大雪に分布する。これはウスバキチョウと同じだ。ただし、本種とウスバキチョウの分布は完全には一致しない。たとえば東大雪のニペソツ山にウスバキチョウは産するが、アサヒヒョウモンは分布しない。こうした微妙な分布の不一致の理由は明らかでないが、恐らく第四紀のさまざまな要因(火山活動、気候変動など)が生物の分布に働いた結果なのだろう。







                           © 昆野安彦 山の博物記