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梓川の水が青く見える理由

上高地で風景写真を撮る時に梓川の流れを前景に入れることがある。撮影時はあまり気づかないが、出来上がった写真を見ると思いのほか水の色が青みを帯びている。とくに晴天時の撮影ではなおさらだ。水の色は一般に無色透明と言われることが多いが、なぜ梓川の水の流れは青く見えるのだろう。

人間が見ることのできる光を可視光と呼ぶが、可視光は波長がおよそ380nm~780nmの電磁波で、波長の短い順に紫、青、水色、緑、黄、橙、赤となる。可視光は太陽のほか照明器具からも発せられるが、ここで重要なのは水分子が波長の長い赤色光領域を僅かながら吸収する性質があることである。この性質により梓川に入射した太陽光は赤色光の補色である青緑色光領域が散乱・拡散されて私たちの目に届くことになる。これが梓川が青く見える理由の一つである。プールの水が青く見えるのもこの原理によるし、無色透明と思われがちな純水もじつは僅かに青みを帯びている。

梓川が青く見えるもう一つの理由は川底の色である。白色は可視光をほぼ100%反射する時の色なので、川底が白いほど水底に届いた青緑色光がよく反射され、さらに水がより青く見えることになる。梓川を観察すると川底が白っぽい場所が多く、そうした場所ほど水が青みを帯びている。たとえば明神の梓川左岸では花崗岩が細かく砕けてできた白い土砂が梓川の岸辺に流入しているが、そうした場所では川底は白味が強く、ほかの場所より水が青みを帯びた流れとなるわけだ。もちろん、よく晴れた日の空の青色の水面での反射も、ある程度は梓川の水の青さに寄与しているだろう。

この原理からすると、プールの水をより青く見せるためには底面を白く塗ればいいことになる。実際、都会のちょっとおしゃれなホテルのプールの壁や底はほとんどが白く塗られていることに気づくだろう。











                                                                                       © 昆野安彦 山の博物記

徳沢の娘 前穂高岳に現れる美しき雪形

2021年の5月は西糸屋山荘に逗留して動植物の撮影に専念していたが、5月24日は徳沢まで出かけた。ニリンソウが開花しているという情報があったからだが、行ってみると「徳沢の娘(とくさわのむすめ)」の雪形もピークを迎えていた。

この雪形は山と渓谷2019年3月号に掲載された私のエッセイ「徳沢の娘」に由来する。ある年の6月、徳沢のテントの傍らで前穂高と明神岳を眺めていた時、その鞍部付近に長い黒髪の若い女性に似た雪形を見つけたという内容だ。例年は6月に入ってから見ごろになるが、2021年は季節の推移が早く、また5月21日に大雨が降ったせいもあり、この日の見ごろになったと思われる。

ところで一般に雪形というと古来からの伝承に由来するものが多いが、最近は個人が新しく見いだしたものも含まれている。例えば田淵行男の北アルプス中岳の「舞姫」だ。私が見つけた「徳沢の娘」もそれと同じ部類だ。

話を5月24日に戻すと、徳沢の娘を写していた時、近くにいた家族連れが子供に「徳沢の娘」を説明している声が聞こえてきた。とても驚いたが、聞いてみるとヤマケイを見て知っているとのことだった。もしかすると、「徳沢の娘」も少しずつ市民権を得だしたのかなと思っている。

徳沢の娘
私が命名した雪形、徳沢の娘

                                                                                     © 昆野安彦 山の博物記

大雪山の永久凍土丘 パルサ

大雪山の高根ヶ原南部の標高1700m前後の湿地帯を「平ヶ岳南方湿原」と呼ぶが、ここに永久凍土丘(パルサ)と呼ばれる直径10m前後、高さ2m弱の凸レンズ状の泥炭の高まりがある。パルサは地下の永久凍土層が地面を押し上げて作られたものだ。

2002年にこの湿原で環境省の許可のもとに水生昆虫の調査をしたが、写真はその時に撮影したパルサだ。左手の茶色い泥炭の高まりがパルサで、付随する水たまりは永久凍土が溶けるサーモカルストによって生じたものである。この水たまりではアミメカゲロウ目のセンブリや高山性トンボのクモマエゾトンボのヤゴなどを採集している。

その後、私はこの場所を訪れていないが、最近訪れた人の話ではサーモカルストによって凍土丘は消滅しつつあるとのことだった。もしかすると、写真のようなはっきりした丘状のパルサはもう見ることができないのかもしれない。

大雪山の永久凍土丘パルサ
パルサ(左)とサーモカルストによって生じた水たまり

                                                          




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上高地の人と歴史

上高地の歴史に関わる人々や重要な出来事を以下にまとめる。

1877年 英国人技師W.ガウランドが槍ヶ岳に登頂(初の外国人登頂)。Japanese Alps という名前を初めて用いたのもガウランドである。

1880年 上條嘉門次が明神池畔に小屋を建て、猟を生業とする生活を始める。

1892年 英国人宣教師のW.ウエストンが槍ヶ岳に登頂。翌年、嘉門次の案内で前穂高岳に登頂。

1896年 ウエストンが英国でMountaing and Exploration in the Japanese Alps を上梓。日本アルプスの名前が世界に広められる。

1915年 焼岳が大噴火し、梓川が堰き止められて大正池ができる。

1934年 飛騨山脈(北アルプス)一帯が中部山岳国立公園に指定される。

1952年 上高地が国の特別名勝・特別天然記念物に指定される。

1970年 上高地ビジターセンター開設。

1997年 河童橋の吊り橋が5代目にかけ替えられる。

2005年 新しい釜トンネルの運用が始まる。新たな釜トンネルは全線2車線となった。

2016年 「山の日」制定を記念した式典が皇太子ご一家御臨席のもと上高地で行われた。

2020年 8月8日夜、小梨平キャンプ場でテントで就寝中の女性がツキノワグマに襲われる。上高地でのクマによる人身事故は初めてとみられる。

2021年 新型コロナウイルス感染症の感染予防のため、上高地の各施設でも厳重な予防対策が実施された。

2021年 7月16日、上高地で初めてニホンジカが撮影される。

2023年 5月8日、新型コロナウイルス感染症が2類から5類に引き下げされ、それにともなって上高地の賑いがコロナ以前の状態に戻る。

2023年 9月27日正午頃、岳沢湿原の遊歩道を歩いていた男性がツキノワグマに襲われる。上高地の遊歩道での人身事故は初めてとみられる。

2024年 9月5~8日、ヤマケイ涸沢フェスティバルがコロナ禍による中断を経て、6年ぶりに開催される。私もゲストとして参加した。



                                                                                    © 昆野安彦 山の博物記

上高地の魚類

上高地の梓川には本来ニッコウイワナしか生息していなかったが、1920年代からカワマスやブラウントラウトの放流が始まったため、現在ではこれらの放流魚も梓川に定着している。ニジマスとヤマメも放流されたことがあるが、こちらは定着はしていないようだ。

山と渓谷オンラインに上高地の魚類の現状について下記の記事を書きました。タイトルをクリックすると御覧頂けます。

本当は外来魚ばかり!? 上高地の梓川に生息するサカナの真実とは


YouTubeに上高地の清水川で撮影した下記のカワマスの動画を公開しています。タイトルをクリックすると御覧いただけます。

上高地のサカナ(魚類)
















                                                                                     © 昆野安彦 山の博物記

初めての発見、上高地のニホンジカ

2021年7月16日、上高地でニホンジカに遭遇した。上高地でニホンジカが撮影されたことは今までないようで、ここに掲載した写真が初めての撮影と思われる。西穂高岳山荘付近で撮られたことがあるようだが、梓川沿いのいわゆる「上高地」で撮られたのはこの写真が初めてだろう。

場所は上高地浄化センター近くの焼岳登山口。ここは梓川の右岸側だが、登山口の前には小さな流れのある広大な草むらが梓川に向かって広がり、この場所を御存知の方なら野生動物の生息に適した場所であることが分かると思う。

YouTubeにアップした動画では、最後に焼岳登山口を写している。撮影時、「あれ、上高地に鹿っていたかな?」と思ったので、念のため、動画撮影の最後にカメラを振って写したものだ。貴重な記録なので、是非、ご覧いただければと思う。

上高地で初めて発見されたニホンジカ









                                                                                      © 昆野安彦 山の博物記

青葉山(仙台市)の蝶類

仙台の山として知られる青葉山。折に触れてこの山で生物調査を行ってきたが、ここでは2000年以降に青葉山で撮影したことのある蝶類のリストをまとめてみた。簡単なコメントを括弧内に記したが、個体数の少ない稀な種については種名を太字で表した。


アゲハチョウ科(10種)
 ヒメギフチョウ(少ない)
 ウスバシロチョウ(少ない)
 アゲハチョウ
 キアゲハ
 クロアゲハ
 カラスアゲハ
 ミヤマカラスアゲハ
 オナガアゲハ
 モンキアゲハ
 アオスジアゲハ

シロチョウ科(6種)
 ヤマトスジグロシロチョウ
 モンシロチョウ
 キタキチョウ
 モンキチョウ
 スジボソヤマキチョウ(少ない)
 ツマキチョウ

タテハチョウ科(35種)
 テングチョウ
 アサギマダラ(時折見かける)
 サカハチチョウ(時折見かける)
 アカタテハ
 ヒメアカタテハ
 クジャクチョウ(時折見かける)
 ルリタテハ
 キタテハ
 シータテハ
 ヒオドシチョウ
 ウラギンスジヒョウモン
 オオウラギンスジヒョウモン
 ミドリヒョウモン
 クモガタヒョウモン
 メスグロヒョウモン
 ツマグロヒョウモン
 ウラギンヒョウモン
 スミナガシ
 イチモンジチョウ
 ミスジチョウ(あまり多くない)
 コミスジ
 オオムラサキ(あまり多くない)
 ゴマダラチョウ
 コムラサキ
 ジャノメチョウ 
 ヒメウラナミジャノメ
 ヒメジャノメ
 コジャノメ
 オオヒカゲ
 クロヒカゲ
 ヒカゲチョウ
 サトキマダラヒカゲ
 ヤマキマダラヒカゲ
 アカボシゴマダラ
 クロコノマチョウ

シジミチョウ科(23種)
 ゴイシシジミ
 ウラギンシジミ
 ベニシジミ
 ムラサキシジミ
 トラフシジミ
 コツバメ
 カラスシジミ(少ない)
 ウラキンシジミ(少ない)
 ミズイロオナガシジミ
 ウラミスジシジミ
 アカシジミ
 ウラナミアカシジミ
 ウラクロシジミ
 オオミドリシジミ
 ジョウザンミドリシジミ
 アイノミドリシジミ
 メスアカミドリシジミ
 ミドリシジミ
 ヤマトシジミ
 ツバメシジミ
 ルリシジミ
 スギタニルリシジミ
 ウラナミシジミ(秋に多い)

セセリチョウ科(13種)
 アオバセセリ
 キバネセセリ(少ない)
 ミヤマセセリ
 ダイミョウセセリ
 ホソバセセリ
 コチャバネセセリ
 キマダラセセリ
 スジグロチャバネセセリ
 ヘリグロチャバネセセリ
 ヒメキマダラセセリ
 オオチャバネセセリ
 チャバネセセリ
 イチモンジセセリ

以上、これまでに87種の蝶を青葉山で確認したことになる。なお、ナガサキアゲハを仙台市内で確認しているので、今後、同種も含めて若干青葉山の蝶が増えることも予想される。


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広瀬川のカワセミ

青い宝石とも呼ばれるカワセミ。その美しい姿を初めて見たのは1990年代のことで、場所は実家近くの東京の三宝寺池だった。この時は大雪山の山仲間の井田さんにも偶然出会い、今でもその時のなごやかな情景を鮮明に思い出すことができる。

仙台ではカワセミの生息調査を特にしたことはないが、これまで見たことのある場所を書き出してみると、台原森林公園、仙台城址(長沼と五色沼)、広瀬川(南部道路~仲の瀬橋)である。広瀬川では水辺を疾風のように駆け飛ぶ姿を時折見かけるので、かなり広範囲に生息していると思われる。

ここに掲げた写真はその広瀬川での撮影だ。ちなみにカワセミの羽毛はそれ自体が青いわけではなく、微細な羽毛構造が生み出す光の干渉色(構造色)である。いつかそれを確かめてみたいと思うが、水辺を飛ぶこの鳥の羽毛を拾うチャンスはまずないだろうと思っている。

カワセミ(広瀬川)





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仙台のルリモンハナバチ

2021年8月24日に仙台市野草園で見つけた「幸せを呼ぶ青い蜂」ルリモンハナバチの発見経緯については山と渓谷オンラインの私のコラム欄に詳しく書いている。そこでここでは、この蜂の生態と「幸せを呼ぶ青い蜂」という名称の由来について解説する。

成虫の出現期は一般に8月半ばから9月の終わりにかけての秋で、この季節に咲くさまざまな花を訪れる。たとえば、オミナエシ、コスモス、ミソハギなど。メスはスジボソフトハナバチという同じ蜂の一種が作った巣に産卵し、孵化した幼虫はスジボソフトハナバチが自身の子のために蓄えた餌を食べて成長する。このような寄生の仕方を「労働寄生」と呼ぶが、これは簡単に言うと、他人が一生懸命労働して蓄えたものをちゃっかり横取りするという寄生だ。

「幸せを呼ぶ青い蜂」という名称はベルギーの詩人メーテルリンクの童話「青い鳥」に由来する。この童話はチルチルとミチルの兄妹が青い鳥を探しに旅に出かけるが、旅では手にいれることができずに家に帰ってみると、なんと家の中にその青い鳥がいたという内容だ。そのストーリーの意味するところは、幸せは案外身近なところにあるんだよ、ということなのだろう。

今回の場合もいつも自然観察に訪れている身近な野草園での発見で、これはまさに「青い鳥」のストーリー。そういう点では、この小さな蜂は「青い鳥」ならぬ、まさに「幸せを呼ぶ青い蜂」と言っていいだろう。私が見つけたこの青い蜂の「幸せ」を皆さんにも是非共有していただければと思う。

山と渓谷オンラインの記事 幸せを呼ぶ青い蜂ルリモンハナバチ

                                                                                      © 昆野安彦 山の博物記

仙台のアサギマダラ

日本列島を旅をする蝶として有名なアサギマダラは仙台では稀な蝶だが、この蝶の好むフジバカマが植えられている場所では時折見ることができる。たとえば仙台市野草園にはこのフジバカマが植栽されているため、秋になると旅の途中のアサギマダラがこの花に集まる。

私のYouTubeではこの蝶の飛翔を高速度で撮影した動画をアップしているが、翅の動かし方などがとても分かりやすい。興味のある方は是非ご覧いただければと思う。

フジバカマの花の蜜を吸うアサギマダラ
アサギマダラ(仙台市野草園)
                    











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青葉山のヒメギフチョウ

青葉山でヒメギフチョウの研究をしたのは2005年のことである。4月初めのことだったが、とある森の中で良好な生息地を発見し、この蝶の好む生息環境や植生について詳しく調査した。そこでは多い時に10個体ほども飛び回っていたが、カタクリの咲く春の疎林で美しいこの蝶の生態を心ゆくまで垣間見ることができたのは、私の長い自然観察の履歴の中でも白眉のものである。

当時、青葉山のヒメギフチョウは決して珍しい蝶ではなく、青葉山のかなりの範囲で生息地を見つけている。これだけ個体数が多ければ、しばらくは研究ができるだろうと思ったが、翌年になると状況は一変した。一気に個体数が減少したのである。それもいろいろな生息地で一気にである。そして2007年になると、さらに状況は悪化した。2005年に見つけた10か所ほどの生息地をすべて歩き回っても、目撃できたのは僅かに数個体という有様だった。そして翌年にはとうとう1個体も見つけることができなかった。この急激な個体数の減少原因については想像の域を出ないが、どの場所でも一気にいなくなったことから、2005年から2006年にかけて、越冬時の気象条件や天敵生物による致死率がマイナスに大きく働いたことが考えられる。

それでもどこかに生き延びているに違いないと、毎年春になると青葉山を歩き回ったが、その願いは何年もむなしく終わった。この期に及んで、「青葉山では絶滅したのではないだろうか」と思うようになった。

ところがである。2017年4月17日、私はだめもとで生息地を訪れていた。林床のカタクリは満開で、もし生き残っていれば飛んでいてもおかしくないが、どこにも姿はない。「やっぱり、だめか」。そう結論づけて現場を立ち去ろうとした時、黄色い塊が笹原ごしにこちらに飛んでくるのが見えた。それは間違いようのないヒメギフチョウで、翌日にはさらに数個体を確認した。じつに10年ぶりの再会だ。青葉山のヒメギフチョウは、絶滅していなかったのである。

この時の気持ちは嬉しさよりも、「えっ、まだいたのか。どうして?」というものだった。2008年以降、この蝶がいそうな場所は徹底的に調査したので、なぜ目の前を飛んでいるのか、すぐには現実を理解できなかった。恐らく、私の知らない生息地がどこかにあり、そこで細々と営みを続けていたのだろうが、とにかく生き残っていたことは間違いない。

こうして私は青葉山のヒメギフチョウに再開することができた。これはこれで喜ばしいことだが、しかし、翌年以降、ふたたびこの蝶は私の前から姿を消した。果たしてヒメギフチョウは今でも青葉山のどこかにいるのだろうか。それとも2017年に再会した個体が青葉山の最後のヒメギフチョウだったのだろうか。機会があればまた調べてみたいと思っている。

青葉山のヒメギフチョウ(2007年4月7日)

                                                                                     © 昆野安彦 山の博物記

青葉山のウスバシロチョウ

青葉山(仙台市)では 87種の蝶を観察しているが、その中には数度しか見たことがない珍しい蝶も含まれている。思い出すままに挙げてみると、キバネセセリ、カラスシジミ、スジボソヤマキチョウなどである。

珍しいという点ではアゲハチョウ科のウスバシロチョウも珍しい。青葉山で私が知っている生息地はごく小面積の一ヶ所だけ。長年その周辺をくまなく調査してきたが、他には見つけていない。ところが2018年5月、そこから1キロほど離れた場所で♂が飛んでいるのを見つけた。この時は我が目を疑ったが、まちがいなく本種だった。てっきり私の知る場所から飛来したのだろうと思ったが、翌日同じ場所を訪れてみると今度は数個体のオスが飛んでおり、ここで発生したことは間違いなかった。恐らく、前年この場所に偶然飛来したメスが林床に産卵し、それから孵った幼虫がこの場所で羽化したものと思われた。実際、林床には食草のムラサキケマンが自生しており、生息環境としては申し分なかった。

そこは東北大学の青葉山キャンパスから歩いて僅か5分の場所。1週間ほどは毎日この蝶の様子を見に行ったが、ウスバシロチョウは大好きな蝶なので、普段の生活の中でこんなに簡単にこの蝶に会えるのは信じられない思いだった。ちなみに同時に見た最大個体数は5だった。

ただ、一つ気になる点があった。それは飛んでいるのが全部オスということだった。オスだけでは子孫を残すことができない。せっかく見つけた新たな生息地だったが、この場所での発生は今年限りだろうと思った。案の定、翌年以降、この場所では未発生である。

ここにアップした動画は2018年5月21日に撮影したものである。この年限りの発生になるだろうと考えた私は、生息の証拠映像を撮っておくことにしたのである。この場所がどこかは、青葉山に詳しい人ならすぐ分かるだろうと思う。なお、コンデジで撮っているので、画質は悪いことをお断りしておく。

青葉山のウスバシロチョウ(2018年5月21日)

                                          

 © 昆野安彦 山の博物記 

仙台のナガサキアゲハ

仙台に住んで20年になる。青葉山を中心にいろいろな昆虫の調査・観察をしてきたが、南方系と言われるナガサキアゲハに逢ったのは、ただの一度だ。

2012年9月25日。この日、私は頼まれ仕事で朝から台原森林公園にある仙台市科学館にいた。昼休みに気晴らしで科学館の外に出てみると、黒い大型の蝶がこちらに飛んでくるのに遭遇した。最初はクロアゲハだろうと思ったが、どうも様子が違う。近づいてくる蝶の翅の基部が妙に赤い。私は瞬時に判断した。「ナガサキアゲハだ!」

沖縄で見たことがあるので間違いようがない。様子を見ていると近くのカラタチに産卵を始めた。翅がかなり破損していたので、ここに来るまで相当の時間経過が感じられ、その産卵行動にしても最後の力を振り絞っているように見えた。

網がないので捕獲はできなかったが、卵という貴重な証拠を残してくれた。11月に再びこの場所を訪れてみると、予想通りカラタチからナガサキアゲハの5齢幼虫が見つかった。ここに掲げた写真はその時のものである。

以上が私が遭遇した仙台のナガサキアゲハの事の顛末である。仙台でのこの蝶の記録は当時も今も非常に少なく、もしかすると2012年当時としては、私のこの観察記録が本州最北の確認記録かもしれない。

仙台のナガサキアゲハ
仙台のナガサキアゲハ(5齢幼虫)

                                                                                     © 昆野安彦 山の博物記

青葉山のニホンカモシカ

カモシカは仙台では比較的よく見かける。よくと言っても20年で百回くらいだから1年当たりに換算すると5回ほどだ。だから、そうしょっちゅう逢える動物でもない。

先日、久しぶりに青葉山にあるキャンパスを訪れた。目的は野鳥だったが、森の中のとあるトレイルを曲がるとばったりとカモシカに遭遇。距離は30メートルほど。向こうもびっくりしたのか、固まって動かない。それまでカモシカの動画を撮っていなかったので、せっかくなのでこの機会に少し撮ってみる。

静止画を撮っている時は、下の写真のクワの新葉を食べていたが、YouTubeにアップした動画ではその様子は映っていない。私が目の前にいるのがやはり気になるようで、30秒ほどでゆっくりと森の中に帰っていったが、私が出逢ってきたカモシカはいつもこのパターン。脱兎のごとく走り去るというのは、ほとんど経験していない。

なお、この個体はすっきりしたスリムな体つきだが、冬毛が抜け落ちたばかりだろうからと思う。また、カモシカの角は雌雄にあるため、性別については私には分からない。

緑陰のニホンカモシカ(青葉山)
青葉山で出会ったニホンカモシカ

                                                                


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広瀬川のオオハクチョウ

仙台には2000年の夏から住んでいるが、住み始めて数年は広瀬川で白鳥を見た記憶がない。ところが2006年頃から広瀬橋付近の岸辺で白鳥が冬越しするようになった。このあたりの事情はよく分からないが、たまたま飛来した白鳥の群れが冬越しの場所としてなかなか良いことに気づき、以来、広瀬橋付近を越冬地として代々選んだ結果なのではと思う。

白鳥の越冬場所としては一般には湖やため池などの止水域が知られるが、広瀬川のような流水域が越冬地なのは比較的珍しいと思う。もっとも、冬季の広瀬橋付近の水の流れはとてもゆるやか。多少流れがあるものの、白鳥にとってはこの程度は「止水域」と同じ感覚なのかもしれない。

冬は白鳥の写真も撮っているが、一番気合が入るのは飛んでいる時だ。大型の鳥なので、その動きはじつにダイナミック。広瀬橋では上流の遠くの空からこちらに向かってくる鳥影を見つけることがあるが、ファインダー越しに見る白鳥の飛ぶ姿はじつに美しい。ここに掲げた写真は2022年2月の撮影である。

広瀬川のオオハクチョウ
広瀬川の上空を飛ぶオオハクチョウ






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シジュウカラの営巣行動(自宅)

当初はオスだけだったが、5月になってようやくペアで巣箱を訪れるようになり、少し安堵する。そして5月6日、7日の2日間、近所の裏庭に生えているコケを巣箱に運ぶ営巣行動が始まった。コケは巣箱の内部に敷き詰められて卵や雛を優しく守るが、このコケを運ぶのはメスの役目。オスはメスにつねに付き添うが、コケを運ぶことはしない。いわば、黒ネクタイのボディーガードだ。

シジュウカラの場合、巣が完成してから雛が誕生するまでは3週間ほど。庭の巣箱でヒナが誕生するのは5月終わりから6月初めになるだろうと思う。

この写真は巣箱にコケを運び込む瞬間を撮ろうと、巣箱にピントを合わせて撮ったものである。巣箱に入る瞬間はとても素早いので、ほとんどの写真はボツだったが、この写真はコケをくわえている様子が分かる、比較的よい1枚である。

シジュウカラの営巣行動を撮る
    巣材のコケをはこぶシジュウカラ

                                   




                                                 © 昆野安彦 山の博物記

シジュウカラの雛への餌運び(自宅)

5月7日に営巣した庭のシジュウカラは5月の終わりには雛への給餌を開始した。昆虫をくわえてきた親鳥は、一旦ハナミズキの枝にとまり、それから巣箱に入る。ここにアップしたのはその様子を捉えたものだが、分かりやすいように少しスローモーションに編集してある。

この動画の最後の方では、親鳥が雛の白い排せつ物をくわえて巣箱から出てくる様子が写されている。この行動は巣を清潔に保つためとされているが、お分かりいただけるだろうか。雛はその誕生から僅か2週間ほどで巣立つので、巣箱から雛が飛び立つのは6月半ばと予想している。その頃、私は恐らく遠征先にいるので、巣立ちの瞬間を見れるかどうかは微妙である。

シジュウカラの餌運び(スローモーション)

















                                                                                      © 昆野安彦 山の博物記

庭のシジュウカラの巣立ち(自宅)

6月上旬の上高地の遠征から帰ってみると、シジュウカラの雛はまだ巣立っていなかった。どうやら巣立ちの瞬間に間に合ったようだ。

巣立ちが近づくと親鳥は巣箱に来る回数がぐっと減る。その理由は餌を減らすことによって餌がほしい雛を巣箱からおびき出す効果があるからだろうが、そのほか雛の体を軽くさせて巣から出た時にすぐ飛びやすくする効果というのも考えられる。

そしてその瞬間は親鳥があまり来なくなってから数日後の6月15日に訪れた。その日、朝8時ごろに巣の様子を見てみると昨日までとあまり変わらない。そこで今日は巣立たないと判断して近くに撮影に出かけたわけだが、昼過ぎに戻ってみるとなんと巣立ちが始まっていた。6羽の雛が庭の思い思いの場所にとまり、2羽の親鳥が盛んに近くの森に行かせようとさえずりながら右往左往している。

住宅街なので親鳥が目指す森までは電線が張り巡らされているが、一羽、二羽と飛び立った雛はまず一番近い電線に止まり、少し休んでは次の電線へと、だんだん私の視界から離れていった。それを見送る私の心境は、子供に対する親の気持ちとまったく同じ。どうか、無事に元気に成長してほしいと、ただそれだけを願うばかりだった。

今年の営巣の記録を最後にまとめると、巣作りの開始が5月6日、雛の誕生は5月28日、巣立ちが6月15日となる。孵化から巣立ちまで18日かかったことになるが、ネットで検索してみると、だいたい、この値が平均のようだ。なお、ここに掲載した雛は最後まで庭に残った一羽だ。なかなか森に行かないので心配したが、今頃、元気にやっているだろうか。どうか、無事であってほしいものだ。

シジュウカラの巣立ちを撮る
巣立ったばかりのシジュウカラ
                                    
                                           © 昆野安彦 山の博物記